学部の学生だった頃、神田神保町の書店街を散策するのが日課だった。そこには、新刊書籍の東京堂書店、三省堂書店、書泉グランデがあり、亦、数多の古書店、そして、ぞっき本屋があった。このぞっき本屋というのは不思議な書肆で、新刊書店の書架を飾っていたり古書肆でそれなりの評価を受けている書冊が定価の数割で販売されているのであった。勿論、新刊書籍である。上手く流通網に乗って読者の元に届くことが適わなかった不幸な本たちである。でも、その空間は、寳の山であった。尾崎翠の著した「アップルパイの午後」に出逢ったのも、そんなぞっき本屋だったのである。僕は、かなりな数を購入し、友人諸士に贈った。
合掌。
おもかげをわすれかねつゝ
こゝろかなしきときは
ひとりあゆみて
おもひを野に捨てよ
おもかけをわすれかねつゝ
こゝろくるしきときは
風とともにあゆみて
おもかげを風にあたへよ
尾崎翠著「アップルパイの午後」 巻頭言